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【基礎知識】ハワイに行きたくなる!知っておきたいサーフィンの歴史と時代を作ってきたサーファー達

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皆さま、サーフィンが一体いつどこでどのようにして生まれ広まったか、そしてサーファーガールがいつから進出してくるようになったかご存知ですか??

本記事ではとっても奥深いサーフィンの歴史やサーフィン界に大きな変化をもたらし時代を作ってきたサーファー達の活躍をご紹介したいと思います。

サーフィン中この記事の内容を少しでも思い出していただけたら何気なく過ごしていた海の時間がちょっとだけ特別なものにアップグレードされるかもしれません。

 

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サーフィンの起源と歴史

 

サーフィンの始まりとされているのは・・・

サーフィンの起源は遥か遥か昔の西暦400年頃。はっきりとしたスタートは知られておりませんが探検家ジェームズ・クックの指揮するレゾリューション号の外科医でもあったウィリアム・アンダーソンによって1777年に記述された頃にはすでに何世紀もポリネシアで行なわれていたとわかっています。

 

 

 

海に囲まれているポリネシアでは漁業を主として人々は暮らしており、アウトリガーと呼ばれるカヌーで漁に出て戻ってくる際に迫り来る波に上手く乗ってこないとせっかく獲ってきた魚たちを海に戻してしまう羽目になるので波を利用して戻ってくる技術を身につけ、のちにそれが娯楽としても取り入れられ木の板だけで波に乗る人々が増えたそうです。

 

様々な歴史的文献に目を通すと波乗りはポリネシア諸島一帯の他に西アフリカやペルーでも行なわれていた事がわかっています。

やっぱりハワイはサーフィン発祥の地!!

そんな中でもハワイはサーフィンが途絶えることなく最も発展した場所でもあります。ハワイの先住民達にとってはサーフィンはただの娯楽ではなく精神的、社会的な重要性を持っていました。

先住民達はサーフボードを作る為の木を選ぶに当たって奉納をしカフナと呼ばれる熟練の神官の力を借りて波乞いの礼拝をし危険な転覆(今でいうワイプアウト)を生き抜いた際には感謝の意を表しました。上流階級のみに厳しく制限されるスペシャルシークレットポイントもあり現代もそこはローカルのみの聖地となっているそう。

厳粛なことばかりではなく、波乗りたちは優れたスキルを駆使し距離やスピード、波の大きさを競い合い賭けをしました。それによって周りから尊敬され社会的地位や生涯の伴侶を得る事ができたのです。王族のスポーツと呼ばれていたようですが実際はあらゆる年齢や階級の男女が参加していました。

当時はどんなボードに乗られていたの??

乗られていたサーフボードはコアパンノキウィリウィリの木から作られており

多くの人が使用していたのは現代のショートボードにやや似ている薄さとサイズ感のアライヤというボードでその他には短く先が丸いボードでうつ伏せの状態で乗られていたパイポボードもありました。

そして族長たちのみに乗ることを許されたボード、オロボード。現代のロングボードの3倍の長さで族長の威厳をそのまま形にしたようなボードです。これらのボードには全てフィンがついていなかった為方向転換には手足を使っておりました。

(pic from Foam symmetry)

ここから何十年か後にハワイに到着したアメリカのキリスト教宣教師たちはサーフィンを罪深き行為とし抑圧し

サーフィンの歴史が一度終焉を迎えました。

サーフィンの復活

しかし1907年にジョージ・フリースがアメリカ西海岸へ旅をし南カリフォルニアでサーフィンを実演するとそれに刺激され本土の人々のサーフィンへの関心が一気に高まりました。そして1914年には近代サーフィンの父と呼ばれるデューク・カハナモクがオーストラリアとニュージーランドを訪れ南太平洋の波に颯爽に乗る姿を披露し各地で人びとを魅了。

 

いずれもハワイを愛しサーフィンを愛する先住民の働きかけで衰退の一途をたどっていたサーフィンに転機が訪れたのです。

再開した最初の頃はワイキキビーチのみで許させていたサーフィンですがワイキキの急速な観光地化も追い風となり世界中の人々に楽しまれるスポーツに発展して行くのでした。

今や何千人もの人がサーフィンを愛しサーフカルチャーが根付いている中で、原点には波乞いやボード削りの儀式、そして波乗りが生活の一部としてして非常に重要とされていた事を知っている人は比較的少ないかもしれませんが歴史の波にのまれそうだったサーフィンが先住民たちによって守られたおかげで私達はサーフィンを楽しめていると思うと感慨深いものがあるなあと思います。

 

サーファーガールの誕生

 

そんな深い歴史をもつサーフィン。この歴史の中でサーファーガールが進出してきたのはいつ頃からでしょうか??

マーゴ・オバーグ Margo・Oberg

古代サーフィンの頃から男女問わずに楽しまれていたサーフィンですが長い年月を経て女性の進出がより目立ってきたのは1960年代頃から。1969年にはカリフォルニアのスティーマーレーン・ビーチにで開催されたコンテストで当時16才だったマーゴ・オバーグが女性として初めて賞金を獲得し史上初のプロサーファーになりました。一線を退いていた時期もありましたがスポンサーオファーを受け復活しそこから大会のタイトルを獲り続けました。ビッグウェーバーとしても有名で「女性が今までに乗った事のない大きな波に乗りたい」とトレーニングを重ね15フィートの波もなんなく乗っていたです。ビッグウェーブの中で心の平和を感じると言う言葉も。現在はカウアイ島に住みサーフィンスクールを営んでいるそうです。

レル・サン Rell・Sunn

オアフ島のウェストサイドに位置するやや治安が悪いとされるマカハという地域がホームだったレル・サンも素晴らしいサーファーガールの一人として知っておきたい方。

とにかく運動神経が頗る良く、女性では珍しくサーファーとして世界中を旅し、数々の大会に出場し沢山の賞を獲得しました。彼女の魅せるサーフィンは本当に女性らしく優雅です。

1976年にはハワイアン・メネフネ・サーフコンテストをスタートさせサーフィンをしたくてもボードが買えないマカハ子供達にサーフボードを提供したり、コンテストの賞品やトロフィーなどを沢山用意して多く子供達に夢を与え生まれ育った町マカハの未来を大切に思い活動していました。

そんな慈悲深いレル・サンは乳がんを患い若干47才でこの世を去りました。
ドクターストップがかかってもサーフィンを続けるパワーと、人々に深い愛を与え続けた彼女は多くの人の心に残った事でしょう。

ROXYの誕生とリサ・アンダーソン Lisa・Andersen

1990年にはQUICKSILVER社が女性向けラインROXYを立ち上げ人気が爆発しサーフィン界に革命を起こしました。新たな時代の幕開けと言っても過言ではないでしょう。QUICKSILVERは常に世界中の若いサーファーを発掘する事に力を入れていて1994年から4年連続でワールドチャンピオンに輝いたリサ・アンダーソンを迎えました。

力強く、かつ女性らしいサーフィンをするリサ・アンダーソンは女性の憧れるサーファーとして一目置かれ尊敬され続けています。

日本では・・・

日本では1990年代前半に合成樹脂で作られた小型のボード、ボディーボードサーフボードを使うよりも比較的安全という認識で女子高生や20代女性の間でブームになりました。波に乗る楽しさを覚えここからサーフィンに転向した女性も多いのではないでしょうか。

北村勢津子さんをはじめとする日本の女性プロサーファーは、当時サーフィンは女性がするものではないと馬鹿にされながらもサーフィンを愛し続け奮闘し活躍し続けてくれたおかげで、日本のサーファーガール達に勇気を与えてくれ今があります。

1990年代というとジュリアナが流行りバブリーな時代が少しだけ続きバブルが崩壊し・・・そんな時代ですね。そう思うと日本の女性のサーフィンの歴史は意外と浅くまだまだこれから広まっていく予感がします。

 

 

まとめ

 

ポリネシアで生まれ一度は絶えてしまったサーフィンの歴史ですが先人たちが伝統を守り続け重んじ、そして発信し続けた事でサーフィンが見事に復活し世界中で広がりました。力強くエレガントな女性サーファーの進出で華やさも加わり、全ての足跡が現代のサーフカルチャーに繋がっているんだなと思うとその深い深い歴史と時代を切り開いてきたサーファー達に感謝せずにはいられません。

そしてこの歴史を知った上でサーフィン発祥の地ハワイに行き改めてその風を感じてみるのもいいかもしれませんね♩

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