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ミック・ファニングの引退。オーストラリアのヒーローとして活躍してきた17年間を追う。#Cheersmick

更新日:

2018年2月28日。

WSLの公式ページにて引退が発表されたオーストラリア出身のMick Fanning(ミック・ファニング)

「ホワイトライトニング(白い稲妻)」というニックネームがつくほどのスピードを持つライディングと

彼が創ってきた素晴らしい功績の数々で地元オーストラリアではヒーローとされ

CT選手として最後の舞台となったリップカールプロ@ベルズビーチには

沢山のファンが集まり彼を見守りました。

 

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彼の半生をアニメーションを交え描いた9分の動画が

スポンサーであるレッドブルの公式サイトにて更新されたのでそれを見ながら振り返ってみます。

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Mick Fanning(ミック・ファニング)の半生

幼少期

オーストラリアの西部ペンリスにて5人兄弟の末っ子として誕生したミック。

ペンリスから海へは2時間ほどの距離があり、赤のダットサンに家族全員乗り込み古いロックを聞きながら時々海へ行っていました。

3人の兄とはいつも食べ物やおもちゃと取り合ったり常に競いあっていたのでその影響でミックの強い闘争心が生まれたそう。

3才の時に両親が離婚をしクーランガッタへ母親達と引っ越します。

ここで兄達がサーフィンを始め後に続いてミックもサーフィンを始めました。

色々なスポーツを淡々とこなしてきたミックでしたが

サーフィンだけは何故か自分の心をザワザワさせる特別な気持ちにさせてくれる事に気付き一気にのめり込みます。

幸いにも母の仕事がゴールドコーストで決まり、サーフィンをするのにさらに良い環境を得ます。

プロジュニアイベントで良い結果を残すようになり16才になる頃には大きな契約が沢山舞い込んで来ました。

どんどんサーフィンが上手くなっていきそれに結果がついてくる楽しさを覚えたミックはベッドの横の壁にこんな目標を書き貼り付けました。

・WIN PRO JUNIOR

・WIN QS EVENT

・WIN CT EVENT

・MAKE THE TOUR

・BECOME WORLD CHAMPION

ミックと同じ目標を持つ兄ショーンと切磋琢磨しあい熱く励まし合うようになります。

彼にとってショーンは勇気を与えてくれ尊敬できる存在でした。

残した功績の数々

ミックがワールドツアーをまわり出してから先日の引退まで17年。

まず2001年にベルズビーチにて開催されたワイルドカードで優勝し(この時19才)

ルーキーオブザイアーとしてASP(現在のWSL)でのワールドツアーの切符を手ににします。

そして2007年にはブラジルにて開催されたASPの大会で

オーストラリア人としては8年ぶりのワールドチャンピオンタイトルを獲得。

1999年にオーストラリア出身のマーク・オクルポが優勝してからは

ケリースレーターやアンディアイアンズのアメリカ勢が優勝を独占していたので

ケリースレーターからトロフィーを受けとった時が彼にとって誇りに思える瞬間でした。

2009年にはハワイのパイプラインで開催されたASP最終戦にて最高のパフォーマンスを魅せ2回目のワールドチャンピオンタイトルに。

2013年こちらもパイプラインで開催されたビラボン・パイプ・マスターズでヒート終了間際のラストウェイブにて奇跡の大逆転を起こし3回目のワールドチャンピオンタイトルを獲得。

通算3回のワールドタイトル獲得と22回の世界ツアー優勝。

スポンサーにはRIP CURL、REDBULL、REEFなど他多数がつき彼の偉業を見守り続けました。

CTランクトップ5に入った年が12回もあり

引退する間際もCTランク3位という功績を残しオーストラリアを代表する

スペシャルなコンペティター、そしてトップアスリートとして有終の美を飾りました。

ミックを襲った試練

そんな素晴らしい功績の裏には沢山の試練がありました。

兄ショーンの死

同じ目標を持ち大きな影響を与えてくれた大好きな兄ショーンとある日パーティに行き

お開きになる頃ミックは歩きでショーンは友人達と車で帰る事になり会場で別々になりました。

そしてミックが家に帰ってすぐにショーンが交通事故で亡くなった知らせを受けるのです。

大好きな兄の死は彼には辛すぎる出来事でしばらく外にでず引きこもっていました。

しかし兄の為にも自分達が達成したいと掲げていた目標を

達成しなければいけないと自分を奮い立たせ再び海へ戻り2001年見事に初優勝を遂げます。

どんな時も彼の中にはずっとショーンが寄り添っていました。

靭帯断裂

2004年メンタワイにて靭帯断裂という大怪我を負いサーフィンから離れる生活を余儀なくされたミックは選手としてピンチに。

しかし温存期間中に自分自身のサーフィンをゆっくりと思い返し、

足りないものは何かを模索していく中でさらなる飛躍の為リハビリに励みました。

その結果により強いメンタルと体でパワーアップしてサーフィン界に戻ってきたのです。

見事にピンチをチャンスに変えたのです。

シャークアタック

とっても衝撃的だった大会中のシャークアタック。

それは2015年の南アフリカにあるジェフリーズ・ベイ(J-BAY)にて起きました。

巨大なホホジロザメが突如現れミックを襲います。パンチが見事ヒットしサメは逃げていきました。

リーシュコードは切れてしまったけどミック自身は奇跡的に無傷。

無事にジェットスキーに乗り込んだあと彼は大きくうなだれました。恐ろしすぎます。

リアルタイムで見ていた人たち全員が目の前で起きた出来事に凍りついた事でしょう。

兄ピーターの死

シャークアタック同年。

パイプラインマスターズでの最終戦の朝、部屋を訪れた母親から兄ピーターの死を告げられました。

未だその死の原因は公表されていませんが、同じくサーフィンをするピーターはミックの試合をいつもチェックし彼を誇りに思っていると常々口にしていたミックにとって最愛のサポーターの一人でした。

きっと亡くなった兄達がすぐ近くで応援してると強く自分に言い聞かせ、辛くも試合に望んだパイプラインでの最終戦。この時家族全員や友人が遠くから駆けつけてくれたそう。

残念ながらタイトルを逃しましたが

彼はケリー・スレーターとジョンジョン・フローレンスとのWCT史上歴史に残るスーパーヒートで最高のライディングを魅せラウンドアップができそれだけでどこか清々しい気持ちでいたそう。

(PIC:WSL / Kirstin Scholtz)

シャークアタックで感じた生きている事が何よりも価値があるという事と大好きな兄の死で

自分にとって大切な何かはきっと躍起になって競いあう事ではないと思い

引退を意識するようになります。

 

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引退を意識してから

疲れ切っていた彼は2016年に半年間のオフを取りました。

その期間に色々な場所でフリーサーフィンをし再び自分を見つめなおします。

オフ後復帰を果たしたミックはシャークアタックがあったジェフリーズベイで開催された試合にて

ジョンジョンフローレンスに勝ちその喜びの中で2017年もコンペティターを続けようと決心しましたがやはり彼が求める姿はそこにはなかったそうです。

そして2018年2月28日に公式に引退を発表。

 

It’s time. I’ve decided the Rip Curl Pro Bells Beach will be my last event as a full-time competitor on the World Surf League Championship Tour. The tour has given me so much but I need a fresh challenge. I still love the game but can’t find the motivation and dedication required to compete for World Titles anymore. My time on tour has been incredibly rewarding and I have so many amazing memories, all of which wouldn’t be possible without some very special people... My Mum, Dad, Sister and Brothers. I love you. My sponsors that have stood by me and continue to back my goals. My shaper Darren Handley and his entire team for the care and hard work they put into every single one of my boards. My fellow competitors on tour, you are like brothers and sisters to me. My very tight support crew that have been there in good and tough times, thank you for always being honest with me. And thanks to the fans and everyone that has encouraged me and cheered me on for all these years. I’m looking forward to life away from the tour while keeping a close eye on things. I’m so proud of our sport and the way it continues to evolve. The performance level on the Championship Tour and the Big Wave Tour is remarkable. I can’t wait to watch it all go down as one of the sport’s biggest fans. I’m also looking forward to evolving my own surfing in new ways, visiting unfamiliar places and taking on different experiences. I will be competing at the opening event at home on the Gold Coast and then wrapping things up at the Rip Curl Pro. Bells Beach is where my Championship Tour career really kicked off, I’ve always loved the place and it seems a fitting stop to finish things up. It’s gonna be a big fun party and you’re all invited to come. Hope I see you there. Cheers and thanks for the memories. Mick @ripcurl_aus @redbullau @reef @dhdsurf @dragonalliance @creaturesofleisure @vertra @fcs_surf @skullcandy @mercedesbenzvans_au @opkix @grapes @mfsoftboards @balterbrewers

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ざっくりと要約してみると。

私はベルズビーチでのリップカールプロがWSLツアー最後のイベントにすると決めました。

ツアーは私に沢山の事を与えてくれましたが私には新たな挑戦が必要です。

私はまだ試合が好きですが、世界タイトルを競うほどのモチベーションがもうありません。

ツアーを回っていた私の時間は信じられないほどの価値があり、非常に多くの素晴らしい思い出がありました。

進化し続けるサーフィンや今後どんどん伸びていくサーファー達をとても誇りに思ってるのでこれからはファンとして応援していきます。

そして自分のサーフィンを新しい方法で進化させ、未知の場所を訪れ、異なる経験をすることを楽しんでいきます。

最終戦の舞台として選んだベルズビーチは

彼がワイルドカードで初優勝した思い出深い場所という事とリップカールのお膝元という事。

最終ヒートでは接戦の末イタロが勝利を手にしミックは準優勝に。

ラスト20秒。

念願の優勝が目の前にあるという喜びとミックが去っていく寂しさで涙を流す

イタロに近づきハグをする瞬間は心打たれるものがありました。

(PIC:WSL / ED SLOANE)

まとめ

ジョエル・パーキンソンやケリー・スレーター、ジョンジョン・フローレンス達を最大のライバルにもち多大なる努力で苦難を乗り越え素晴らしい功績を残してきたミック・ファニングは

一人のスポーツマンとして大きな夢を与え続けてくれました。

引退後はリップカールのフリーサーフ部門であるザ・サーチの一員として

今まで見たことも聞いたこともない波を探し出す旅に出る事が決まっています。

フリーサーファーとしてのミックもとっても楽しみですね。

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